カーリング藤澤五月プロフィール!学歴&経歴まとめ!若い頃の写真も!

選手

北京オリンピックで日本カーリング史上初となる銀メダルを獲得するという偉業を達成した北海道北見市を拠点とするロコ・ソラーレ。

ロコ・ソラーレといえば、司令塔でありスキップの藤澤五月選手!

2018年の平昌オリンピックではカワイイ笑顔で世界中の人を虜にした藤澤五月選手のプロフィールや学歴・経歴が気になりますよね?

この北京オリンピックまで藤澤五月選手がどのように歩んできたのか知りたいですよね!

というわけで、今回はカーリング日本女子代表藤澤五月選手のプロフィールや学歴・経歴について見ていきましょう!

最後までどうぞご覧ください。

カーリング藤澤五月のプロフィール

☆本名:藤沢 五月 (ふじさわ さつき)
☆生年月日:1991.05.24
☆年齢:30歳(2022年1月時点)
☆血液型:O型
☆出身地:北海道北見市
☆身長:156cm
☆体重:58kg
☆趣味:アロマセラピー、水泳
☆特技:どこでも寝れる
☆性格:負けず嫌い
☆ポジション:スキップ

カーリング藤澤五月選手の学歴まとめ

藤沢五月選手は1991年に北海道北見市で生まれ、最終学歴は高卒になっています。

学歴①:藤澤五月選手の小学校は?

藤澤五月選手が通っていた小学校は、公立校の北海道北見市立美山小学校です。

小学生の経験が今のカーリングにいきています!

小学生の頃からすでに、10kgもあるストーンを自在に操っており、当時から「天才少女」と呼ばれていました。

学歴②:藤澤五月選手の中学校は?

藤澤五月選手が通っていた中学校は、公立校の北海道北見市立北中学校です。

コロナの関係で大会は中止になったものの野球部が全国大会に出場する権利を獲得するなど部活にも力が入っている中学校です。

また、先生方の指導も熱心だと評判の良い学校です。

青汁王子こと三崎優太さんもここの学校に通っていました。

カーリングの方では、姉と同じチームに所属し、このチームの指導をしていた父に素質を見出せれスキップを担当することになります。

学歴③:藤澤五月選手の高校は?

藤澤五月選手が通っていた高校は、北海道北見北斗高等学校、全日制、普通科です。

北海道北見高校は偏差値62で平成30年度の卒業生は道内の国公立大学をはじめ、東京大学や京都大学などの道外の国公立大学をあわせて87名の合格者を出しています。

女子ソフトテニス部やラグビー部も強く文武両道な学校です。

有名人では、タハラカズユキさん(ミュージシャン)、沢田亜矢子さん(俳優)、渡部健太(アナウンサー)などがこの学校の卒業生です。

学歴④:藤澤五月選手の大学は?

たくさんの大学からのスカウトはあったものの、大学へは進学せずに中部電力に入社しました。

カーリング藤澤五月の経歴まとめ

藤沢五月選手は5人家族で家族全員がカーリング選手です

高校卒業後は2009年に中部電力に加入し、2014年に同会社を退職し、同年にロコ・ソラーレに加入しました。

主な代表戦績は平昌五輪銅メダル、北京五輪出場権利を獲得してます。

経歴①:カーリングを始めたのは5歳から

両親や兄・姉の影響もあり、5歳でカーリングを始めました。

その頃からの夢は「オリンピック選手になる」ことでした!

7歳の頃に地元紙に掲載された若かりし頃の藤澤五月選手が写っています!

経歴②:ステイゴールドⅡでプレー

2008年と2009年に日本ジュニアカーリング選手権大会優勝しました。

パシフィックジュニアカーリング選手権大会でも日本ジュニア代表として2連覇を達成しました。

世界ジュニアカーリング選手権にも出場した経験もあります。

経歴③:高校卒業後中部電力に就職

藤沢選手の就職を機に中部電力カーリング部が創設され、創部2年目で第29回全農カーリング選手権大会優勝しました。

その後日本選手権4連覇の偉業を成し遂げるなど輝かしい成績をおさめました。

この時、現在解説者として活躍されている市川美余さんとチームメイトでした!

しかし、2013年にソチ五輪をかけた日本代表決定戦で北海道銀行に敗れてしまい、初の挫折経験を味わいます。

この敗戦がキッカケとなり、自分に責任を感じ、退職しています。

経歴④:ソチオリンピック出場を逃す

カーリング日本選手権4連覇を達成していて、ソチオリンピック最有力と言われていた中部電力が、北海道銀行に敗れて、ソチオリンピック出場を逃しました!

藤澤五月選手は、その時自らのミスで出場を逃したと自分自身を責めていました!

選手を引退することも考えたほどだったそうです!

この時の悔しさが、藤澤五月選手のその後のカーリング人生を大きく変えることになったんですね!

そして、ソチオリンピック出場を決めた北海道銀行の吉田知那美選手は、ソチ五輪に出場するも、その後戦力外通告を受けて、ロコ・ソラーレ(LS北見)に行くことになります

そこで、2人の運命が交差したんですね!

この時は、ライバルだった2人が、北京オリンピックの舞台でメダルを獲得するなんて夢にも思っていなかったでしょうね!

不思議な運命ですね!

経歴⑤:2015年ロコ・ソラーレに移籍

地元の先輩である本橋麻里選手に、「北見で一緒にやろう!」と誘われ、北見市を拠点とするロコ・ソラーレ(LS北見)に入りました。

藤澤五月選手はこの時のことを「求めてくれる人がいることが嬉しかった」と語っています。

ロコ・ソラーレに加入し、現在の仲間たちに出会います!

ソチオリンピック代表選考ではライバルであった吉田知那美選手と、チームメイトとなり、お互いに切磋琢磨しながら上を目指していきました!

藤澤五月選手はロコ・ソラーレに加入してますが、仕事は別で「株式会社コンサルトジャパン」に就職しています。

経歴⑥:平昌オリンピックで銅メダル獲得!


2016年に世界カーリング女子選手権大会で準優勝し、2017年の平昌五輪選考会で中部電力を下し、本人とっては初のオリンピック出場の権利を獲得しました。

平昌五輪では1次予選を5勝4敗の4位で決勝トーナメントに進出し、準決勝では予選1位の韓国と当たり、スコアが7対8と惜しくも敗れ3位決定選に回りました。

3位決定選では予選3位の英国と当たり、スコアが5対3で見事勝利を収め日本カーリング史上初の銅メダルを獲得しました。

経歴⑦:北京オリンピックで銀メダル獲得!

1次リーグを5勝4敗で、一時は予選敗退かと思われ、悔し涙を流していたメンバーたちでしたが、同時刻に行われていた試合結果により、準決勝進出が決定すると、『今世紀最大のサプライズだ!』と嬉し涙にかわり、みんなで喜んでいた姿は印象的でしたね!

そして、準決勝ではスイスを見事破り、カーリング史上初となるオリンピックで決勝の舞台まで進みました!

決勝では、イギリスに及ばず、勝利を掴むことはできませんでしたが、日本カーリング史上初となる銀メダルを獲得するという快挙を達成しました!

まとめ

藤澤五月選手のプロフィールや学歴・経歴についてお伝えしてきましたが、いかがだったでしょうか?

藤沢五月選手は幼少時代から「天才」と呼ばれており、社会人になってからも素晴らしい成績をおさめていることから、やはり天才的な人物なのかもしれません!

あの可愛らしい姿から想像がつかないくらいの負けず嫌いであり、人一倍努力をする選手です。

ソチ五輪に出場できなかった悔しさをバネに、平昌五輪では銅メダルを獲得し、今回の北京五輪では銀メダル獲得という日本カーリング史上初となる偉業を数々達成してきた藤澤五月選手率いるロコ・ソラーレ!

これかの活躍にも目が離せませんね!

管理人ママ
管理人ママ

最後までお読み頂きありがとうございました♪

 

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