中山雄太選手の生い立ちや経歴まとめ!幼少期や中学・高校エピソードも!

サッカー

日本代表の左サイドバックとしてワールドカップ予選を戦う中山雄太選手をご存じですか?

東京オリンピックにも出場し、今後の日本代表を背負っていく若きプレーヤーとして期待がかかっています。

今回は、中山雄太選手の気になる生い立ちや経歴に迫ってみたいと思います。

幼少期や中学・高校時代のエピソードについても紹介していきます。

中山雄太選手の生い立ち

中山雄太選手は、J1リーグの柏レイソルでプロデビューを果たし、現在はオランダのPECズヴォレでプレーしています。

年俸も上昇中で、海外でも期待されている選手ですね!

世界で活躍する中山雄太選手はどのような生い立ちや経歴か気になりますね。

まずは、中山雄太選手の生い立ちから見ていきましょう!

当時の貴重なエピソードも交えています!

中山雄太選手の生い立ち①:幼少期

中山雄太選手は茨城県龍ヶ崎市で生まれました。

姉と兄がサッカーをしていた影響を受け、4歳でサッカーを始めます

プロサッカー選手への第一歩は幼少期。

子どものころから負けず嫌いだったというエピソードもあるので、きっと姉や兄にも負けたくないという思いでどんどん上達していったのではないでしょうか。

中山雄太選手の生い立ち②:小学校時代

中山雄太選手は龍ヶ崎市北文間小学校で6年間を過ごしました。

小学校ではキャプテンを務めチームを牽引。

サッカーの技術はやはり群を抜いていたようです。

5年生の時には茨城県の選抜メンバー38人にも選出。

残念ながら選抜チームとして出場するメンバー36名には残ることができませんでした。

しかし、父によると「がっかりした様子もなかった」そうで、サッカーを純粋に楽しむ少年だったことが分かります。

サッカー以外では6年間ピアノを習っていたそうですよ。

中山雄太選手の生い立ち③:中学校時代

 

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中学校は同じく龍ヶ崎市にある愛宕(あたご)中学校に進学します。

クラブチームではなく学校のサッカー部に所属。

温厚な性格で、プレーも全体を見渡しながら冷静に状況を判断できる選手だったようです。

チームではキャプテンも務め、得意とするミッドフィルダーのポジションだけでなくディフェンスや時にはゴールキーパーも任されていました。

現在、中山雄太選手は複数のポジションを高いレベルでこなせる選手としても評価をされています。

様々なポジションでもそのスキルを発揮するユーティリティー性の高さはこうした経験から磨かれていったのかもしれません。

中学2年生になると中山雄太選手は茨城県トレセンに選出されます。

※トレセンとは各地域で選考を勝ち抜いた選手で構成される選抜のこと

そして転機が訪れたのは、茨城県トレセンで戦った柏レイソルU-15との練習試合でした。

結果は柏レイソルU-15の勝利でしたが、中山雄太選手はその試合で強烈なミドルシュートを決めるなど強豪チームに臆することない活躍を見せます。

その試合でのプレーが柏レイソルU-15のスタッフの目に留まり、なんとオファーを受けることになったのです。

当時、柏レイソルU-15の選手として茨城県トレセンとの試合に出場していた上島拓巳選手(現柏レイソル)も「相手の中に一人だけずば抜けている選手がいた」と話すほどのインパクトだったようです。

そして、強豪チームの選手もスタッフをも驚かせ、中学3年時より柏レイソルU-15への入団を手にしたのでした。

一見、順風満帆のようなサッカー人生を歩みだしたように思えますが、実は柏レイソルU-15入団後すぐ足首骨折の大怪我を負ってしまい苦悩の日々を過ごすことになったのです。

中山雄太選手の生い立ち④:高校時代

高校は千葉県立柏南高等学校に進学します。

柏南高等学校は柏レイソルの練習場とも距離が近く、柏レイソルU-18へと進んだ中山雄太選手にとって、サッカーにも集中できる環境だったことでしょう。

また、柏南高等学校は偏差値も64と高く、文武両立を実践してきたことがうかがえます。

両親が教員をされていることも少なからず影響しているかもしれませんね。

中学時代に負った大きな怪我によって中山雄太選手は長くプレーすることができない日が続きました。

サッカーをやめようかなと考えたこともあったそうです。

本格的にプレーができたのは高校2年生。

しかし、中山雄太選手はこう語っています。

「柏レイソルに入って一番変わったのは技術よりもメンタル」

プレーができない期間に外からチームを見渡し戦術眼を磨き、リハビリに励む日々の努力がこの言葉のは池に想像できますね!

復帰すると、16歳ながら柏レイソルトップチームに2種登録、U-16日本代表選出。

高校3年時にはキャプテンとしてチームを牽引し、高円宮杯U-18プレミアリーグEASTではクラブ史上初優勝を果たしました。

当時タレント軍団と称された柏レイソルU-18をまとめ上げクラブに大きな栄誉をもたらしたその統率力と周囲からの絶大な信頼感はまさに日本代表級でしょう。

中山雄太選手のプロ入り後の経歴まとめ

高校2年生の時にトップチームと2種登録。

世代別日本代表にも選出された中山雄太選手はトップチームとの契約を勝ち取ります。

ついに、プロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせることになるのです。

プロ入り後はどんな経歴を歩んでいったのでしょうか。

中山雄太選手の経歴①:柏レイソル時代

 

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2015年柏レイソルU-18からトップチーム昇格を果たしました。

この年トップチームに昇格したのは2名のみ。

プロの世界の厳しさを感じますね。

柏レイソルでの経歴について分かりやすくまとめてみました

日付出来事詳細
2015年5月6日プロデビューAFCチャンピオンズリーグ ベカメックス・ビンズオン戦
2015年6月23日JリーグデビューJ1リーグ 1st第13節 ガンバ大阪戦
2016年~スタメン定着下部組織時代に指導を受けたの下平監督が就任
2016年3月27日プロA契約ヤマザキナビスコカップ 2節 ベガルタ仙台戦
2016年7月13日プロ初ゴールJ1リーグ 2st第3節 サンフレッチェ広島戦
2017年ベストヤングプレーヤー賞を受賞

柏レイソルでの試合出場数

J1リーグ1stJ1リーグ2stルヴァンカップ
20151試合0試合1試合
201611試合15試合4試合
201730試合4試合
201819試合2試合
       76試合11試合

プロ生活1年目は出場数のは恵まれなかったものの、2016年にU-18時代に指導を受けた下平監督が就任以降はスタメンとして活躍します。

34試合中30試合に出場した2017年はベストヤングプレーヤー賞も受賞。

さらにJリーグでの活躍が評価され、世代別日本代表にも継続して選出。

そして2019年、中学3年生の時から所属してきた柏レイソルを離れ世界へと羽ばたいていくことになります。

中山雄太選手の経歴②:PECズヴォレ時代

 

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2019年1月14日、PECズヴォレに完全移籍します。

PECズヴォレでの経歴、出場記録をまとめてみました。(2022年3月時点)

リーグ戦国内杯
2018年-2019年4試合0試合
2019年-2020年14試合1試合
2020年-2021年32試合1試合
2021年-2022年21試合3試合

2018年-2019年シーズン途中にチームに加入した後着実に中心メンバーとしての地位を確立していきました。

2020年-2021年シーズンには34試合中32試合に出場するなど、まさにチームに欠かせない選手です。

チームの信頼なくしてこの数字はないでしょう。

ズヴォレでも多くの仲間に愛されている様子がSNSにアップされていました!

言語、文化、食事、様々な面で環境といった難しさがある中で、ここまで信頼を勝ち取ることができているのは順応性の高さや中山雄太選手の人間性が高く評価されているのではないでしょうか。

今シーズンもすでに25試合中21試合に出場し1ゴール2アシストという結果を示しています。

ますますクラブでの活躍が期待されているでしょう!

中山雄太選手の経歴③:日本代表歴

 

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2022年東京オリンピックにも出場した中山雄太選手。

現在はワールドカップ本線出場に向けてアジア最終予選を戦っています。

中山雄太選手のこれまでの日本代表歴をまとめてみました。

経歴
2013年~2021年全世代別日本代表選出
2019年~A代表選出:2019年6月17日デビュー
2021年U-24日本代表:東京オリンピック出場
2021年~A代表:ワールドカップ予選

2013年高校2年生の時にU-16日本代表に選出されて以降、毎年世代別の日本代表に選出されてきました。

2019年にはついにA代表デビュー

どの世代でもキャプテンを任されてきていることからも、絶対的リーダーシップとゆるぎない信頼が垣間見えます。

中山雄太選手は現在、ワールドカップ本線出場に向けて厳しいアジア予選を戦っています。

きっと日本を世界の大舞台へと連れて行ってくれることでしょう!

まとめ

いかがでしたか?

中山雄太選手の生い立ちや経歴について紹介しました!

中学3年生時、柏レイソルU-15への移籍が中山雄太選手の大きな転機でした。

大きな怪我を乗り越え、高校生から常に日本を背負って世界の舞台で戦ってきました。

どのクラブでも、日本代表でも絶大な信頼を得る中山雄太選手はきっとこれからの日本を背負っていく選手になることでしょう。

さらなる活躍に注目ですね!

管理人ママ
管理人ママ

最後までお読みいただきありがとうございました。

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