
田中碧選手の生い立ちまとめ
田中碧選手の幼少期から現在に至るまでの生い立ちについてまとめました。 早くからサッカーと出会い、川崎フロンターレの下部組織で育ち、念願のプロ昇格と日本代表選出、そして海外リーグへの移籍。 着実に日本のトップレベルへと上りつめている田中碧選手の生い立ちに迫ります。サッカー漫画のストーリーでしかない話的な⚽️✨
・同じ小学生サッカークラブ出身で ・幼なじみで、 ・小さい頃から日本代表を目標にして、 ・その二人がワールドカップに一緒に出場して ・アシストでゴールして ・勝利したあとに抱き合って喜び合う、のが …現実なのよ!!😂#三笘薫 #田中碧 pic.twitter.com/pqzH0njKGf — ゆうみ⚽️PESJC - DQ10メイリア (@you_we2019) December 2, 2022
経歴①:田中碧選手の幼少期
田中碧選手は幼稚園の頃からサッカーを始めます。 地元の鷺沼から横浜のバディスポーツ幼稚園まで通っていたそうで、その幼稚園はスポーツが盛んでサッカーや体操など様々な運動に触れながら育ったようです。 その中でサッカーに楽しみを見つけ、公園では一人で壁に向かってボールを蹴って過ごす日もあったとか。 通っていた幼稚園の影響でサッカーに夢中になった幼少期でした。父が、近所のバディースポーツ幼稚園にも、田中碧の横断幕があったと言ってた。
鷺沼は川崎だけど、こっちは横浜。 今夜0am クロアチア戦🇭🇷観るよ〜⚽️https://t.co/0CHNpals8J pic.twitter.com/SBpIzr601b — いずみ✨克つ🎀 乳癌🌿7/11手術🎗Ki27.86%🦄オンコRS14🔰10/1ホルモン治療 (@Psycho_JHolic) December 5, 2022
経歴②:田中碧選手の小学校時代
田中碧選手は神奈川県川崎市立鷺沼小学校に通っていました。 小学校に進学すると地元のさぎぬまSCに入団してサッカーに打ち込みます。 地域の強豪チームだったこともあり、サッカーがうまい仲間に囲まれながらぐんぐんと上達していったのでしょう。 さぎぬまSCは、カタールワールドカップで活躍した、三笘薫選手や板倉滉選手も輩出しているまさに地域の名門クラブとして有名です。 田中碧選手は三笘薫選手の一つ年下の学年で、小学生時代から一緒にプレイしていて、今では鷺沼兄弟として一躍有名になりましたね。 練習後も、田中碧選手と三笘薫選手でトレーニングを行い、今日の試合でのプレーの話をよくしていたそうです。 小学生時代から、田中碧選手のちかくには、もくもく努力し結果を残す三笘薫選手がいて、大きな影響を受けていたと思われます。 さらに、チームとは別に東京ヴェルディのサッカースクールにも週2回通っていました。 しかし、周囲のレベルの高さから東京ヴェルディのジュニアチーム入団に挑戦することはあきらめてしまったのだとか。 それでも小学校3年生に上がると同時にチームの監督の薦めで、川崎フロンターレの下部組織の入団セレクションに参加し合格を勝ち取ります。小1の碧と小2の薫が合宿でゴロゴロやっていたのが目に浮かぶ。 とさぎぬまSCの元監督
ほんと漫画の世界。と言うけど、これ漫画なら共感出来ないくらいの夢のような話。#田中碧#三笘薫#さぎぬまSC #鷺沼小#QatarWorldCup2022 #Qatar2022 #日本代表 #KaoruMitoma #AoTanaka #childhoodfriend pic.twitter.com/DA5b77K8t6 — まるせる (@marcelkid) December 2, 2022
川崎フロンターレU-10に入団後は、6年生の時に日本一となり世界大会で5位という成績も残しました。 小学生時代から、日本トップレベルのサッカーをしていて、世界に対する意識もあったのだと思います。【動画】🐬川崎フロンターレU-12時代の⑦三笘薫 選手(主将/小6)と⑳田中碧 選手(小5)[第33回全日本少年サッカー大会・神奈川予選🥇表彰式より⚽2009年6月21日]#三笘薫 #田中碧 #さぎぬまSC #frontale #SAMURAIBLUE #サッカー日本代表 #FIFAWorldCup #Qatar2022
🎦https://t.co/6d0IynQd7I pic.twitter.com/PbAfyKJZk7 — 神奈川県サッカー協会【広報】 (@kanagawa_fa) December 2, 2022
経歴③:田中碧選手の中学校時代
田中碧選手は小学校を卒業すると川崎市立有馬中学校に進学します。 中学校時代には応援団の副団長や駅伝大会の助っ人も引き受けるなど、積極的な生徒だったようです。 中学校に進学後も川崎フロンターレU-15へ進みサッカーを続けます。 U-15では全国大会に出場することはなくあまり目立った成績を残すことが出来なかったようです。 田中碧選手も中学生時代を「サッカーがトーンダウンしていた」と語っています。 しかし、U-18への昇格が決まり中学生ながらU-18の練習に参加した時に、先輩方のレベルの高さに衝撃を受け、すぐに気持ちを切り替えて自主練習にも励むようになりました。 まずいと思ってすぐに行動に移せるところは、もしかしたら田中碧選手のサッカー人生においてこれまでもいろんな場面で生かされてきたのかもしれませんね!https://t.co/D2Y8KxjVnz ↑PDF注意 先日G大阪で活躍した高 宇洋の川崎ユース時代をググって見たら、2011年のPDFが出てきて、田中碧が隣にいた pic.twitter.com/juwRwvAtCb
— とかフロ@更新再開 (@tokainakurasi) July 29, 2018
経歴④:田中碧選手の高校時代
高校は神奈川県立新城高校に進学します。 偏差値も59と高く、県内でも中堅以上のランクの学校として知られています。 田中碧選手は一般受験で進学しているので、中学時代から勉強にもしっかり取り組んでいたことがうかがえますね! サッカーでは、川崎フロンターレユースU-18へ昇格すると1年生ながらすぐにAチームのチームに帯同するようになります。 その後はすぐにスタメンに抜擢されたようで、1年生時からコーチたちからの評価も高かったことから当時の田中碧選手の将来への期待度が感じられます。 その活躍もありU-16日本代表に選出されます。/ U-18応援企画 #高3の君 \
最後に番外編。時が経ち、こんな発見も。 2015年9月13日 川崎フロンターレU-18vs三菱養和SCユース@等々力#田中碧 (高2) と #瀬古樹 (高3) 明日は等々力でU-18を応援しましょう!! --- 🗓️10/15 14:00KO 🆚横浜FCユース 🎫入場無料 --- 【広報】#frontale #高円宮U18 pic.twitter.com/3mNhNKPGmD — 川崎フロンターレ (@frontale_staff) October 14, 2022
それまでは選抜に選ばれたり世代別日本代表経験もなかったことから、高校1年時ながらAチームでの実践経験を積んだことによって成長曲線が大きく変化したのではないでしょうか。 その後高校1年生ながらトップチームの練習にも参加することになります。2016年8月 クラブユース選手権 準決勝での田中碧。
この頃はトップには上がるかもしれないが、3年目で先発でも出られるレベルにまで行くとは思わなんだよ。。。 pic.twitter.com/ZYPIrSJprL — とめ (@recycle_tom) March 14, 2019
高校時代からトップチームの練習についていくには、技術面はもちろん精神面での強さがあったからではないでしょうか。 1年生から常に高いレベルでプレーをし続けたことで徐々にプロへの道を進んでいったのです。 3年生時にはユースのキャプテンに任命され、トップチームのキャンプにも帯同しました。 まさに高校最後の1年はとプロになるための最後の準備期間だったのでしょう。今回のキャンプ、U-18の2選手が参加しています。田中碧選手と村田聖樹選手。26日まで参加! 2人とも小学生(ジュニア)時代からフロンターレでプレー。今までも楽しみでしたが、これからの成長もとても楽しみ‼︎【広報】#frontale pic.twitter.com/TKRDzaKzjC
— 川崎フロンターレ (@frontale_staff) January 24, 2016
経歴⑤:田中碧選手の川崎フロンターレ時代
2017年に田中碧選手は川崎U-18から念願のトップチーム昇格を果たします。 しかし、その年はケガを負ってしまったこともあり公式戦出場はないままシーズンを終えることになります。 ユースチームではチームの要として活躍していてもプロの世界ではすぐに戦力として加わることが出来ないというプロの厳しさを感じますね。 また、そこには川崎フロンターレというJ1トップクラブの選手層の厚さがあったのかもしれません。 翌年の2018年の9月、ついにJ1リーグ初出場。さらにその試合では後半アディショナルタイムにプロ初ゴールを記録する活躍を見せて大きな注目を集めました。選手全員紹介。(26人目)#田中碧 アカデミー出身と言ったら、この選手を忘れるわけにはいきません。ハードワークを怠らず、球際の競り合いで強さを発揮し、チャンスと見れば一気に攻めあがる姿が魅力的。出場機会を増やした昨季をさらに超え、クラブを背負って立つような存在に!!【広報】#frontale pic.twitter.com/9SHTBjPZx4
— 川崎フロンターレ (@frontale_staff) February 15, 2020
デビュー戦でゴールを決めてしまうなんてすごいですね! 結果的にプロ生活2年目は4試合の出場のみにとどまりましたが、初ゴールという記録を残し今後の大きな飛躍を予感させるシーズンとなりました。 そして、翌シーズンの2019年には東京五輪を目指すメンバーとして日本代表にも選出され、J1リーグでは24試合出場と3年目にして川崎の中心選手へと上りつめていったのです。 その一方で、3つ歳上の守田英正選手が同じポジションでライバル関係にありました。 守田英正選手は田中碧選手の技術を認めたうえで、2人の間にピりついた雰囲気もあり、一緒に食事へ行く回数が減っていったそうです。 そんなライバル関係でもあった、川崎フロンターレ時代ですが、カタールワールドカップスペイン戦では、ともにスタメン出場を果たし、歴史的勝利に導きました。 2020年にはさらに出場数を伸ばしJ1リーグ31試合に出場し5得点を決める活躍。監督・選手コメント、試合レポートを更新。プロデビュー戦だった田中碧選手。小学生で初めてフロンターレに来た時を思い出し、ピッチに入る時はパソコンを触る手が震えました。まさか初ゴールまで決めるとは。お母さん泣いてましたね。アオ、おめでとう!! https://t.co/57NhfQO4l4 【広報】 #frontale pic.twitter.com/WNsmi1c4yc
— 川崎フロンターレ (@frontale_staff) September 15, 2018
そんな活躍が世界から評価され2021年6月にドイツ2部リーグの強豪デュッセルドルフからオファーが届くことになります。 川崎フロンターレというJリーグの絶対的王者クラブで若くして2年間にわたりチームの中心として活躍することは、つまり世界で活躍するための準備が整ったといってもおかしくないのかもしれません。 田中碧選手は川崎フロンターレ在籍中にはJ1リーグ優勝、天皇杯優勝、ルヴァンカップ優勝とすべてのタイトルを手にしました。 常に日本のトップレベルで戦い続けてきたことが分かりますね。この投稿をInstagramで見る
経歴⑥:田中碧選手の海外移籍後
田中碧選手はドイツ2部リーグのデュッセルドルフに移籍を決断します。 移籍後は川崎フロンターレ時代の戦術との違いに苦しみなかなかチームに順応できない時期もありました。 それでも徐々に強度の高いサッカー、日本と異なる環境に慣れていき今ではチームの中心選手として活躍しています。 東京五輪のあと「世界との距離はすごく遠い」と痛感した田中碧選手は現在筋力トレーニングに励み体格の強化を図るなど世界基準に照準を当てています。 デュッセルドルフでは26試合に出場し(2022年4月25日時点)、4月には移籍後初ゴール、初アシストを決めいよいよチームには欠かせない存在へと認められてきたと言えるでしょう。 川崎フロンターレからは期限付き移籍であったが、デュッセルドルフは完全移籍での獲得を計画しているようで、それは世界のクラブからも将来性のある価値の高い選手として評価を受けているという証になります。 今後のドイツでの活躍、そしてさらにビッグクラブへの移籍に大きな期待がかかっています。この投稿をInstagramで見る
経歴⑦:田中碧選手の日本代表歴
田中碧選手の日本代表経歴を振り返ってみます。 日本代表初選出は高校1年生の時の世代別U-16日本代表でした。この投稿をInstagramで見る
その後は東京五輪世代として、U-22日本代表、U-23日本代表、U-24日本代表と活躍しました!ケガで辞退したことはあったもののコンスタントに代表に選出されてきました。 川崎フロンターレの下部組織で小学生の頃から切磋琢磨してきた三笘薫選手、板倉滉選手、三好康児選手とともに日本代表として活躍するなど、すごいレベルの高い環境で育ってきたことが改めてわかりますね! 東京五輪でもチームの要として6試合を戦い抜きました。 そして、東京五輪での活躍もあり2021年10月A代表としてワールドカップ予選の舞台に立ったのでした。今日は #フレンドリーデー✍️#三好康児、#板倉滉、#三笘薫、#田中碧 の4選手は、全員 #川崎フロンターレ U-12〜U-18の出身🐬
学年は違えど小学生の頃から切磋琢磨してきた4人😊 3月29日に行われたU-24アルゼンチン代表戦では、同じピッチに立ちました👏✨#jfa #daihyo #U24日本代表 pic.twitter.com/VxKv0kS2kY — サッカー日本代表 🇯🇵 (@jfa_samuraiblue) April 14, 2021
当時の日本代表はすでに2敗を喫し、危機的な状況に直面していました。 負けたらもう終わりといった緊張感ある中で迎えたオーストラリア戦に田中碧選手は先発メンバーに抜擢されます。 その試合で田中碧選手は貴重な先制ゴールをあげ、チームを勝利へと導きました。 その後のアジア最終予選にはすべて出場し、日本代表の本大会出場に大きく貢献しました。 日本代表がワールドカップ出場を手にすることが出来たその要因の一つに、東京五輪で感じたという世界との差を埋めるべく戦いの場を世界に移し、レベルアップしてA代表に加わった田中碧選手の存在があったといえるでしょう。 更に日本代表の選手層が厚くなり、ドイツやスペイン相手に勝利を収めることができたのですね。この投稿をInstagramで見る
まとめ
いかがでしたか? 田中碧選手の経歴をまとめてきました。 田中碧選手は幼少期からサッカーに打ち込み、川崎フロンターレの下部組織で育ちプロへの昇格を果たしました。 現在の日本代表の中心選手として活躍する姿の裏側には、世界との戦いで感じた差を埋めるために、厳しい環境に身を置き常に向上心を持って努力していることが垣間見えます。 ワールドカップ主力選手として活躍したことで、世界に名前が広がったことでしょう。 今後さらに欧州のビッグクラブへの移籍が噂される田中碧選手がこれからさらに華麗な経歴を積み上げていく姿に注目しましょう!