
抜群の動き出しと圧倒的なフィジカル、そして正確なシュート技術を武器に、ベルギー、オランダと欧州リーグでもゴールを量産しています。
今や日本代表に欠かせない存在となった上田綺世選手ですが、これまでどのような経歴を歩んできたのでしょうか。
また、上田綺世という珍しい名前の読み方や、感動的な由来についても詳しく調べてみました!
上田綺世選手の名前の読み方と由来や意味は?
上田綺世選手の名前は「うえだ あやせ」と読みます。初見ではなかなか読めない、とても珍しくて格好いい名前ですよね。
「綺」という字は「綺麗」や「きらびやか」という意味があり、「世」は「世の中」や「世界」を意味します。
この名前には、非常に素敵な由来があることが分かりました。
上田選手が生まれた1998年8月28日は、地元・茨城県水戸市で大きな水害(大洪水)が起きた大変な日だったそうです。
そんな荒れた天気の日に生まれたからこそ、お父様は「綺麗な世界になってほしい」「美しい世界であってほしい」という願いを込めて「綺世(あやせ)」と名付けたのだそうです。
当時は「嵐(あらし)」という名前も候補にあったそうですが、現在はその名の通り、サッカー界の華やかな舞台で「綺世」の名を世界にとどろかせていますね!

管理人
変換しにくいときは、「綺麗世界(きれいせかい)」と変換し、余分な2文字を消すと便利です!
上田綺世選手の経歴総まとめ
上田綺世選手の幼少期から、名門・鹿島アントラーズを経て海外へ羽ばたくまでの経歴をまとめてみました。順風満帆に見えるキャリアですが、実は中学時代には大きな挫折を経験し、それをバネに努力し続けてきた苦労人でもあります。
気になる上田綺世選手の歩みに迫っていきます。
経歴①:上田綺世選手の幼少期
上田綺世選手は幼少期より非常に負けず嫌いな性格だったそうです。この投稿をInstagramで見る
サッカーを始めたのは5歳。
父が社会人リーグでFWとしてプレーしており、その試合を観戦しに行った際、ハットトリックを決める父の姿に強い憧れを抱き、自分も点を取りたいと思ったことがサッカーを始めた原点です。
経歴②:上田綺世選手の小学校時代
上田綺世選手が通っていたのは、茨城県水戸市立吉田小学校です。地元の吉田ケ丘サッカースポーツ少年団に入部し、父がコーチを務める環境でサッカーの基礎を叩き込まれました。
小学5年生からは「malvaサッカースクール」にも通い、父と一緒に海外サッカーをテレビ観戦するのが日課になるほど、どっぷりとサッカーに浸かった毎日を過ごしていました。
経歴③:上田綺世選手の中学時代
中学時代は水戸市立第四中学校に通いながら、鹿島アントラーズの下部組織であるノルテジュニアユースに入団します。しかし、ここで人生初の大きな壁にぶつかります。
高校進学時、本人はユースチームへの昇格を強く望んでいましたが、「体格の未熟さ」を理由に昇格を逃してしまったのです。
当時は身長が170cm程度しかなく、プロの卵としては線が細すぎると判断されてしまいました。
この時の悔しさが、その後の上田選手の爆発的な成長のエネルギーとなりました。
経歴④:上田綺世選手の高校時代
ユース昇格の夢を断たれた上田選手は、強豪の鹿島学園高校へ進学します。「いつか見返してやる」という強い気持ちを持ち、毎日の練習後には50分間の居残りシュート練習を欠かさなかったといいます。
高校3年生になる頃には身長も伸びてフィジカルが安定し、インターハイや全国高校サッカー選手権大会に出場。
県内屈指のストライカーとしてその名を全国に知らしめました。
経歴⑤:上田綺世選手の大学時代
高校卒業後は法政大学に進学します。当初はエリートが集まる周囲に気後れすることもありましたが、1年目から頭角を現し、夏の全国大会で優勝を経験。
2018年にはU-21日本代表に選出され、大学2年生ながら鹿島アントラーズへの入団が内定。
さらに「1日でも早くプロの世界で揉まれたい」と、大学を中退(後に卒業)して2019年夏に前倒しでプロ入りするという異例の決断を下しました。
経歴⑥:上田綺世選手の鹿島入団後
2019年7月、正式に鹿島アントラーズの一員となった上田選手。背番号は当初36番でしたが、後に憧れの父と同じ背番号18を継承しました。
2年目には10ゴール、3年目には14ゴールと、名門の絶対的エースとしての地位を確立。
J1通算86試合で38得点という驚異的なペースで得点を量産し、海外クラブからの注目を集めることとなりました。
経歴⑦:上田綺世選手の海外移籍~ベルギー サークル・ブルッヘ~
2022年7月にベルギー1部のサークル・ブルッヘに完全移籍しました。移籍1年目からリーグ戦22得点を挙げ、得点ランキング2位という凄まじい結果を残します。
日本人選手としてのベルギーリーグ最多得点記録を更新し、欧州中にその決定力の高さを見せつけました。
経歴⑧:上田綺世選手の海外移籍~オランダ フェイエノールト~
2023年7月、オランダの名門フェイエノールトへ完全移籍を果たします。移籍金は約16億円とも言われ、クラブからの期待を背負って背番号9を託されました。
チャンピオンズリーグ(CL)という世界最高峰の舞台も経験し、現在はオランダの地でさらなる飛躍を目指して戦っています。
経歴⑨:上田綺世選手の日本代表歴と背番号のこだわり
2019年に大学生ながらA代表デビューを果たした上田選手。2022年のカタールW杯を経て、第2次森保ジャパンでは日本の不動の1トップとして君臨しています。
特に2023年11月のW杯2次予選ミャンマー戦では、圧巻のハットトリックを達成!
そして2024年10月の代表活動からは、長年背負った「9番」から「18番」へと背番号を変更して話題となりました。
この「18番」は、かつて父が憧れのユルゲン・クリンスマン選手を真似て付けていた番号。
「父への憧れ」を背負って戦う姿は、多くのファンの胸を熱くさせています。
まとめ
いかがでしたか?上田綺世選手の名前の読み方や由来、そして挫折から這い上がった感動的な経歴について紹介しました。
中学時代の「ユース昇格見送り」という悔しさをバネに、努力で日本を代表するストライカーまで上り詰めた姿は本当にかっこいいですよね。
「綺麗な世界」を願って名付けられたその名のように、これからもピッチ上で美しいゴールを量産し、私たちに夢を見せてくれることでしょう。
世界で戦う上田綺世選手のさらなる活躍から目が離せません!

管理人ママ
最後まで読んでいただきありがとうございました。
